堺大魚夜市とは|令和4年度 堺大魚夜市 今年もオンライン開催! 開催期間 7月31日〜8月31日

堺大魚夜市とは

700年前から続く歴史の1ページ

堺大魚夜市(さかいおおうおよいち)とは、大阪府堺市堺区にある大浜公園で毎年7月31日に行われる魚市、祭の事。鎌倉時代に始まったと言われ、およそ700年の歴史を誇る堺の夏の風物詩的行事となっています。
一番の見どころは夜に行われる豪快な魚セリ。その他、夜店や企業のPRブース等も出展され、地域住民と密着した歴史的なお祭りです。

歴 史

堺市の歴史の1ページ目は堺港

鎌倉時代の記録に、河内国丹南郡(堺市美原区付近)の鋳物師が廻船荷物を泉州堺津に寄せるとあります。堺港が見える最初の史料ですが、これは日本各地の物資が集積する商業港です。漁港としての堺港については、同じ鎌倉時代の和歌によって推定することができます。

春の鯛が名産

藤原為家(1198~1275年)の「行く春のさかひの浦の桜鯛、あかぬかたみにけふやひくらん」(夫木和歌抄)という歌があり、堺で獲れる春の鯛が名産だったことが分かります。また南北朝時代には、堺浦で魚貝を売買する輩が南朝方に味方している疑いがあるとして、北朝方がその販売を停止させたので、春日大社への神供が欠けて困っていると記されています。

和泉名所図会に堺浦魚市の様子

江戸時代の『和泉名所図会』には、「堺浦魚市」の様子が描かれています。
堺津の浜で毎朝諸魚の市があり、和泉の浦々や紀州の海から漁師の舟が漕ぎ来て、市店(いちだな)を飾り、螺貝(ほら)をふいて市の始りを知らせ、買いに来る者が多く訪れ、また難波や京へ運送すると記されています。

夏は大浜海岸、冬は内川沿いで開催されていたとの記述

堺は、和泉と摂津の国境線上の大小路を中心にしつつ、南北もまたそれぞれに発展してきました。港も中世から南北にあり、おそらく魚市も同様に古くからあったと思われます。
摂津側は、北の魚市や海船浜の市と呼ばれ、今の南海線七道駅付近にありました。
夏はここで蛸の市がおこなわれましたが、江戸時代に大和川がすぐ北側に付け替えられ土砂が溜まると、港がなくなり魚市も南に移りました。一方、和泉側の魚市は、南浜の市などと呼ばれ、夏は大浜海岸、冬は内川沿いで開かれてきました。

大魚夜市は、この南北の魚市においても住吉祭の日あるいはその前日に開かれ、堺にお渡り(渡御)してくる住吉の神に魚を奉納する特別な市だったようです。住吉の神は海の神であり船の守護神であったので、漁民からの信仰を広く集めていました。

住吉祭と堺大魚夜市

住吉祭は、住吉大社の年中行事においても最大の祭りであり、中世から近世にかけて大坂の天神祭を超える歴史と規模を誇ってきました。
与謝野晶子は、子どものころに生家で見聞きした住吉祭やその前夜におこなわれた夜市の様子を記しています(『郷土と趣味』昭和13年)。
この祭は、暦のうえで夏が秋に替わる夏越しの日に、住吉の神輿が堺宿院のお旅所に渡御する祭りで、荒和(あらにご)の祓いとも呼ばれます。
鎌倉末期の「住吉太神宮諸神事次第」には、6月晦日に堺の開口宿院へ神輿が渡御することが記されています。

堺大魚夜市とは

以上のように、住吉神輿の堺へのお渡りが鎌倉時代の記録から見え、同じく鎌倉時代から堺で獲れる桜鯛などの魚や江戸時代あたりからの蛸の市などが有名で、各地に出荷されていました。
このことから、通常の魚市だけでなく大魚市やさらには夜市も、鎌倉時代ころからおこなわれてきたのではないかと推測することができ、堺が全国に誇ることのできる行事といえます。